第十四章 素朴な出合い 

 

五日目の朝が来た。

「ピーピッ、ピーピッ。」

オメガの時計が鳴る。クマちゃんが起きた。オメガも起きる。

「ねえ、体がずいぶん下の方に来てないか。」

「そうなんだよ。寝てる時にズルズル下の方に下がってくんだよ。」

このテントを張った所は、わずかに斜面になっていた。そのため、寝ていると重力の関係によって体が下の方に下がっていくのだ。結局、三人は四日目も安眠できずに終わった。

「そうだ、新しいギャグを考えついた。」

しばらくしてクマちゃんが言った。

「TMネットワークの『ダイビング・トゥ・ユア・ボディ』に対抗して・・・・・・・『ダ○ベン・トゥ・ユア・ボディ』!。」

朝の軽いギャグが終わる。

さて、寝起きの悪いエイジもやっと起き、三人は河原に出た。昨夜のダークネスとは対照的に、まばゆい太陽が照りつける。まさに日光の刺激、サンライト・スティミュラス!。

三人はすぐに朝食の用意を始めた。今日のメニューは、お茶漬け。泣いても笑っても怒っても死んでも、これが最後の朝食だった。

「記念に写真撮ろう。」

クマちゃんの提案で、三人は最後の朝食の風景を写真に撮る。

写真9:最後の朝食

☆先月、友人と旅行に行ったときの写真です。真ん中の友人の右の足の辺りに、人の顔のようなものが写っているのですが・・・・。

[鑑定]これは単なるお茶漬けの湯気です。心霊写真ではありません。写真は持っていて結構です。

その後、川で食器を洗った三人は、いよいよ出発の準備を始める。オメガは先に、自分の荷物を自転車の方へ持っていった。

「今日で終わりか・・・・・。」

荷物を片付けながらオメガはつぶやく。思えば、第一日目は、

「なんだよー、ただ疲れるだけじゃねぇかー。」

などと秘かに思っていたのに、最後の日になって、こんなに楽しかったことに気付くとは・・・・・。

オメガは受験勉強を中断しても旅を選んだ自分が、正しかったと思った。世間の人々は皆、

「オマエハ受験ニ負ケタ。」

と言うかもしれない。しかし、オメガはそうは思わなかった。むしろ、自分の意志に素直に従った自分が、勝ったような気がした。

オメガは河原へ戻っていった・・・・・・・。

 

河原に戻ったオメガは、クマちゃんたちがちゃっかり川の中を渡って、向こう岸で遊んでいるのを発見した。

「あっ、何やってんだよ。」

と言いつつ、オメガもクツを脱いで川の中に入る。

「ズゴオオオォー。」

意外と流れがきつい。進もうとして片足を上げると、体が流されそうになる。さらに足の下は尖った石が多くて痛い。

「ヌオオォーーッ!。」

オメガはそれでも耐えながら川を渡った。

「フーッ、やっと着いた・・・・。」

苦労して渡ってきたオメガに、クマちゃんが言う。

「じゃあ、戻りますか。」

「・・・・・・・・・。」

オメガは何も言えなかった。

その後、また元の場所に戻ってくると、三人はテントをたたみ始める。が、その時だった。

「ちょっと待った!。」

クマちゃんが叫ぶ。

「なっ、いったいどうしたと言うんだ!。」

エイジが驚く。一瞬、時が止まった。と、テントの中から奇妙な音がするのに三人は気付いた。

「ブーン、ブーン。」

クマちゃんが言う。

「この中に・・・・・この中に何かがいる!。」

三人は得体の知れない恐怖に襲われた。オメガが言う。

「誰かがテントの中に入らなければなるまい。」

それが失敗だった。

「じゃあオマエが行け。」

「そうですよ、オメガ行って下さいよ。」

結局、オメガが入る事になった。

中に入ると、たくさんの虫が飛び交っている。その虫こそ、三人の強敵『ハチトンボ』だった。

『ハチトンボ』------学名「ドラゴンフライビー」。夜は活動せず、朝になるとその威力を発揮し、主に河原に出現。そのうっとおしい羽音によって、テント客たちを苦しめる。生息地は秩父の河原付近。現在は天然記念物となっている(ウソ)

オメガたちは、朝からこの虫に悩まされていたのだった。

食事の時もブンブン三人のまわりを飛び交い、オメガが得意のヌンチャクで、一匹を再起不能にしたにも関わらず、こうして今、新たな抵抗を示そうとしているのだ。

「貴様ら、死にたいらしいな。」

オメガはそう言って、クマちゃんから受け取ったテント袋を取り出した。いくら憎たらしいと言っても、自然の生き物を殺すことはできない。そこで、この虫たちを一匹ずつ袋に入れて、追い出すことにしたのだ。

「オリャッ。」

オメガは必死にハチトンボを追いつめる。が、あと一歩のところで逃げられてしまう。おまけに、テントの中はむし暑い。さすがのオメガも気を失いかけた。

と、その時だった。

「ここは私に任せてもらおう。」

クマちゃんの登場である。クマちゃんはテントの中に入ってくると、オメガから袋を受け取り、巧みな技でハチトンボを捕らえていく。

「すごい。さすがは『全国ハチ取り選手権大会2位』の実力をもつだけはあるぜ!。」

とエイジも絶賛した(ウソ)。

こうしてテント内は片づいたのだった。

 

三人がテントをたたみ終わった頃、ちょうど新たなテント客が河原に下りてきた。彼らは一列になってこちらに向かって来る。ここで、その異様な連中について簡単に説明しておこう。まず、先頭にスコップを持った変なオヤジ。通り道が出来ているのに、いちいちスコップで草をかき分けて現れる。その後ろに、ちょっと都会風の兄ちゃん。さりげなくカッコつけているが、この連中のせいでカッコ良さが半減している。さらに、小さな女の子が現れた。が、これもまた変わっていて、ケガをしているのか、顔の2分の1がガーゼで覆われていた。その他二人ほど河原に下りてきたが、どちらも異様な雰囲気を持っていた。

こういう変なヤツらを相手にするほど、三人は暇じゃなかった。

「行こうか。」

三人はたたんだテントを持って、自転車の方に戻っていく。

通り道を通って道路に出ると、三人はそこに一台のワゴン車が止まっているのを見つけた。おそらく、河原に下りていった家族たちのものだろう。

が、その時だった。そのワゴン車の中から、さらに二人の人間が現れたのである。一人は、さっきの家族のお母さんらしい人物。もう一人はその娘だった。

オメガはすぐに、その娘の方を見たが、

「こんな事をやっていてはいかん!。」

と思って、さりげなく通り過ぎた。しかし、この時クマちゃんは既に一目惚れしていた。

さて、オメガはもう荷物整理が終わっていたので、エイジたちが終わるまで、近くのトンネルで涼んでいた。

「ヒュー。」

涼しい風が体を通り抜ける。直射日光を遮るにはもってこいの場所だった。

しばらくして、クマちゃんがやって来た。ははあ、クマちゃんも暑くなったから来たんだな、とオメガが思っていると、突然クマちゃんが言う。

「いやあ、素朴ですよ。」

何が素朴なんだろう、と思っていると、クマちゃんが続ける。

「あの女の子と目が八回も合ってしまった。」

この時点で、オメガは大体の事態を把握した。

「もしかして・・・・・・・・あそこにいた女の子?。」

「そう、やっと見つけましたよ。」

やはりそうだった!オメガは甲府がいたから別に関係なかったが、それにしてもクマちゃんの執念はすごい。五日目にして、ついに理想の人を見つけてしまったようだ。オメガが言う。

「そう言えば、さっきハチがたくさんいたよなあ。あれは目が八回合うという事を意味してたんだよー。」

「おおー、そうだよー。」

どんどんその気になっていくクマちゃん。と、オメガが突然、大きな声で言った。

「なにーーっ!?クマちゃん住所知りたいーーっ!?。」

あわててクマちゃんが言う。

「ちょっと待ってよー。」

オメガの声はかなり大きかったため、女の子に聞こえたかもしれなかった。なんという無神経な男なのだろう、このオメガという男は・・・・・・・・・・。

しばらくして、二人は自転車の方に戻った。エイジはまだテントマットをたたんでいる。オメガはもう一度、さっきの女の子を見たいと思ったが、どこかへ行ってしまったらしい。と、クマちゃんが言う。

「車の中にいるよ。」

見てみると、確かにさっきの女の子が、車の中からこっちを見ている。必然的にオメガも目が合ってしまった。

「フッ、じっと見つめてりゃ、そのうち向こうから目をそらすだろ。」

そう思ってオメガは女の子をにらみつけていたが、なかなか目をそらさない。

「ま、まずい!クマちゃんのせっかくのチャンスを、ムダにしてはいかん!。」

そう思ったオメガはすぐに目をそらし、二度と彼女の方を向かなかった。

「オメガ、これ見てこれー!。」

しばらくしてクマちゃんが言った。何かと思って見てみると、近くにバス停の標識が立っている。

ほう、ここはバス停だったのか、と思ってさらによく見ると・・・・・・・なんと!標識に『出合』と書いてあるではないか。おそらくクマちゃんはこの『出合』と『出合い(出会い)』を掛けたのだろう。クマちゃんの出合いは、さらに劇的なものとなった。

しかし・・・・・・出合いと別れは隣り合わせ。三人はもう出発しなければならない。

クマちゃんは自転車に乗ると、もう一度彼女の方を見た。

「さようなら・・・・・・・・。」

思い出を心の中にしまって、クマちゃんは言う。

「じゃ、行きますか。」

最後の朝の悲しい別れだった・・・・・・・・・・。

 

 

 

第十五章へ

「敗北者」

自転車旅行記

目次に戻ります。