第十六章 凱旋 

 

店を出発してからすぐに、衝撃的な出来事があった。三人が自転車に乗って進んでいくと、突然左手に、「氷」の旗のある店が現れたのだ。

「ガーン!。」

オメガは嘆き悲しむ。クマちゃんが、

「どうする?」

と聞いたが、もう食べる気はしなかった。

さて、それから再びオメガは遅れたが、一応前の二人が見える位置にはいた。

しばらく行くと、前方で車が混雑しているのが見える。

「こりゃ、歩道を走った方がいいな。」

そう思ったオメガは、途中から歩道に入った。運のいいことに歩道を歩いている人がいなかったので、オメガはスムーズに進むことができた。

ふと横を見ると、車に囲まれてエイジがストップしているのが見える。

「ハハッ、はまったな。」

オメガは気付くかなあ、と思ってエイジの方をずっと見ていたが、全く気付く様子がないので仕方なく先に進んだ。そして、やがてクマちゃんと合流した。

「あれ、エイジは?。」

「えっ、来てないの?。」

オメガはわざとらしく言う。しばらくして、うわさのエイジがやって来た。

「あれっ、エイジどこにいたの?。」

またもやオメガが言う。

「クソーッ、車に囲まれた。オメガが歩道を通ってくの見えたぜ。」

「エッ、ほんと?気がつかなかった。」

そう言いつつオメガは心の中で、

『バーカ、知ってたよ。』

とあざ笑っていたのだった。

それから三人は飯能の町に入った。立ち並ぶ商店街を抜けていくと、見知らぬ駅に突き当たる。

「いけね、まちがえちゃった。」

Uターンして横道に入る。すぐに広い道に出た。三人はその後、ひたすら直進を続ける。珍しく、オメガはクマちゃんの次を走っていた。なぜか体力が少しずつ復活してきたような気がしたからだった。

しばらくすると、

「ちょっと待って。」

と言ってクマちゃんが止まった。道が二つに分かれているからだ。オメガは嫌なところで止まったなあ、と思った。なぜなら、右に続く道は、遠くの方で壁のような登り坂が待ちかまえているからだ。

地図を見ていたクマちゃんが、顔を上げた。

「ゲッ、右だ。」

「ガーーーーン。」

まさに破壊的な衝撃、ディストラクティブ・ショック!

が、仕方なく三人は右の道へ進む。

「エイジ、先行っていいぜ。」

オメガは何気なくエイジを先に行かせた。そして、いよいよ登り坂にさしかかる。

「クソッ、今まで調子良かったのに・・・・・やはり、この技を使わねばならん。」

オメガは精神を集中した。

「甲府パワー1。」

とたんにすさまじい根性が引き出され、オメガは一気に坂を登る。

「ハーッ、ハーッ・・・・・・フッ、終わった・・・・・・。」

そう思ったのも束の間だった。前方に、なんとまたもや急な登り坂が現れたのだ。

「クッ・・・・・・ならば・・・・・・・。」

オメガは意識を体の隅々まで張りめぐらす。

「甲府パワー・・・・2!!。」

体中の限界能力が均等に分配され、すさまじい爆発力を生み出した。そして一気に坂を登る。

オメガは目の前に、ブドウを持った女の人を見た気がした。

「終わった・・・・・何もかも・・・・・・・。」

そう思って前方を見たオメガは・・・・・・もしオメガに命が二つあったなら、一方の命は余裕で死んでしまっただろう・・・・・・信じられない光景を見た。またもや登り坂が現れたのだ!この坂が最後であるのはわかったし、今までのより短いのもわかった。しかし、甲府パワー1と2を使ってしまったオメガには、これを登りきる力はない。エイジとクマちゃんが必死に坂を登っているのが見える。

「さらば友よ・・・・・・楽しかったぜ・・・・・。」

オメガは自分の死を予感した。だが・・・・次の瞬間、とてつもない考えがオメガの脳裏に浮かんだ。

「待てよ・・・・・どうせ死ぬなら、せめて・・・・・・前から一度試してみたかったこの技を・・・・・。」

オメガは血液の流れを一時的に止め、瞑想状態に入った。しばらくしてオメガの目が開く。

「こ、甲府パワーーー・・・・・・3!!!。」

ついに・・・ついに甲府パワー3が生まれた。この技は体の中に眠っている潜在能力を呼び覚まし、一気に放出する技である。2と違う点は、2は肉体の限界に達するのに対し、3は精神の限界に達することである。ちなみに、この甲府パワー3になると、女の人の姿は浮かばず、目の前の道だけが唯一の景色となるのだ。

「グオオーーアァーーッ。」

甲府パワー3を使ったオメガの苦痛はすさまじいものだった。並の人間ならおそらく死んでしまっただろうが、オメガはなんとか坂を登ることができた。

「あーーあっ。」

前方に坂のないことを確認してから、オメガはやっと体の力を抜いたのだった。

 

三人は立川に行く途中、最後のドリンク・タイムをとった。小さな店でジュースとパンを買うと、三人は外のベンチに座ってそれらを食べ始める。甲府パワー三連ちゃんがきいて、オメガは話す気力がなかった。

ふと横を見ると今日発売の少年キジャンプが置いてある。オメガはお気に入りのマンガが何番目にあるか確認し、家に帰ったら絶対読もうと決心したのだった。

さて、その後三人は府中に行くことになったが、途中で家に電話をかけた。時刻は七時頃だったので、帰りは十一時頃になりそうだと告げる。

そして府中に着いた。ここは第一日目に初めて休憩をとった所だ。

「あの時は確か、コンビニエンス・ストアが開いてなかったんだよなあ。」

そんな話になって、三人は結局もう一度、一日目と同じ場所で休憩をとることにした。

例のコンビニエンス・ストアに行くと、今回は開いていたので、三人はそこでジュースを買う。場違いな格好も気にはならなかった。

再び府中の公園に戻ってくると、空の色以外は何も変わっていない。三人は一日目と同じベンチに座ると、今までの旅を思い返した。

「いやあ、やっぱり素朴ですよ。」

「ハハッ、学校行ったら何かありそうだな。」

「そういやぁ、あん時超つらかったなー。」

星を見ながら三人は語り合う。なにを勘違いしたのか、

「こらーっ、何いちゃついてんだぁー。」

という声が、近くを通る車の中から聞こえた。

「アホかっ、男三人だっつーの。」

と言ったものの、三人は一瞬むなしくなった。まあそれはいいとして、とにかく今後もこの経験を生かしてがんばろう、という事で三人は話を終える。

その後、三人は多摩川に沿って走っていく。

「こんな時、花火でもやってたらなあ。」

と言ってる矢先、遠くの方で光るものが目に入った。もっと近づいていくと、かすかに、

「ヒューーーーーッ、パパン、パン。」

という音がする。

「花火だ。」

三人は少し速度を上げて近づいていった。道の両側にたくさんの人々が集まり、花火を見つめている。その期待に応じて、花火も空に上がっては華やかに散っていく。

オメガはこの時、何か熱いものが込み上げてくるような気がした。まるで自分たちの凱旋を祝うかのように、様々な姿で歓迎してくれる花火。

そして、道の両側に立って、三人が通るために道をあけてくれる人々。その全てが、自分たちの帰還を祝福してくれるような気がした。

自転車を止めて花火を終わりまで見た三人は、再びサイクリング・ロードを進んでいく。クマちゃん、オメガ、エイジ、の順で走っていたが、途中でクマちゃんが、変なおじさんの挑発にのって先に行ってしまい、エイジもなぜか後方に消えて、オメガは孤立状態になった。自転車のライトが壊れていたので、心眼で闇夜を進んでいく。

しばらくして道がわからなくなってしまったオメガは、エイジを待つ事にした。五分程してエイジがやって来たので、二人はクマちゃんを探しつつ道を進む。

クマちゃんとの合流は非常に困難なものだった。途中でサイクリング・ロードがなくなり、クマちゃんがどの道を行ったのかわからず、エイジを頼りに進んでいく。クマちゃんと会えたのは、奇跡としか思えなかった(少なくともオメガは)。

 

「もうすぐ二子玉川だよ。」

クマちゃんがそう言うと、

「なんか腹が減ったなあ。」

とオメガが言い出した。時刻は九時をまわっていた。

「それじゃあ、どこかでラーメンでも食おうか。」

という事になり、三人は二子玉川に着くと、ラーメン屋を探す。そして適当な店を見つけると三人は中に入り、そこでラーメンやらミソラーメンやらを食べた。東京は暑かったので、三人は水を何杯も飲む。

ラーメンを食っている最中、いきなり電気が消えたのには驚いた。もしかしたら閉店では、と半分しか食べてないオメガはアセったが、ただの停電だと知って安心した。

そして・・・・・・ついに別れの時が来た。

ラーメン屋を出た三人は、自転車の荷物を整理していた。

用意の整った三人はラーメン屋の前で話し合う。

「クマちゃん、オレ渋谷の方から帰ってもいいかな。」

エイジがまず言った。クマちゃんは本当はもう少し一緒に行きたかったようだが、やむなく承知する。オメガはクマちゃんに同行することにした。

しばらく沈黙が続く・・・・・・・

「それじゃあ。」

エイジは自転車に乗った。

「オメガ!・・・・夏期講習・・・・・がんばれよ。」

まじめくさい事を言う時、エイジの言葉はよく文節で区切れる。

「ヘヘッ、お前も明日のテストがんばれよ。」

オメガも照れくさそうに答えた。この二人の会話には、偽りでない、真の友情が隠されていたのかもしれない。

信号が青になった。

エイジは走り出す。

「さらばだ・・・・・・・。」

ここでついに・・・・・五日間、絶え間ない笑いを提供してくれ、また三人が生きていくために欠かせなかった男エイジが、クマちゃんとオメガを残し去っていったのだ・・・・・・・。

さらばエイジ・・・・・君はもう一人の主人公だったのかもしれない・・・・・・・。

 

 

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自転車旅行記

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