第六章 川を求めて 

 

ブドウの香りが漂うブドウ畑を後にして、三人は昼頃甲府市内に入った。道は平らなまま続く。

朝の登りよりは楽なはずなのに、オメガは一人で疲れていた。何度も

「肉体疲労児だよー。」

とわけのわからない事を言うので、エイジは、

「それじゃ、オロナミンCとか飲めば。」

と言ってあちこち探してくれた。しかし、なかなか見つからない。直射日光をもろに浴びて、クラクラしながらオメガは二人の後をついていく。セブンイレブンがあった事は、本当にオメガの命を救ったと言っても過言ではなかった。

三人はそのセブンイレブンに入り、飲み物を探した。オロナミンCはなかったが、リアルゴールドとかいうのがあったので、三人は(なぜかクマちゃんとエイジも)それを買う。味はまずまずだったが、パワーがあふれてくるような気がした。

さて、気を取り直して三人は進む。が、そろそろ昼食の時間だったので、途中で店があったらそこに入ろうと決めた。

しばらく行くとデニーズがあった。助かった!とオメガは思った。ここなら何か冷たいものがありそうだからだ。ところがクマちゃんとエイジはデニーズの横のラーメン屋に入ろうとする。

「なっ!ちょっと待ってよ!。」

オメガが必死に抵抗する。その甲斐があって、結局三人はデニーズに入ることにした。

「この格好はちょっとまずいなあ。」

とエイジは言ったが、とにかく休みたいオメガは、無視して中へ誘い込んだ。

「いらっしゃいませー。何名様ですか。」

「三名です。」

中途半端な人数だったので、三人は少し待たされる。しばらくしてやっと席に着いた三人は、それぞれ自分の注文をした。エイジは冷やし中華、オメガとクマちゃんはメロンなんとかソーダ、そしてクマちゃんとオメガでピザを一皿頼むことにする。

「お決まりですか。」

注文を聞きにお姉さんが来た。それを見て、またもやオメガは、なかなかだな、と思った。が、その時ハッと我にかえった。オレはなんてミーハーなことをしているのだ、と。思えば昔のオメガはかなりミーハーな男だった。いつも女の子とばかりしゃべり、一回クラスの男子全てを敵にまわしたこともあった。その経験からか、高校に入ってからはなるべく女子を避けていたのだが・・・・・・。それが今になって復活してしまったのだろうか。いや、そうではない。おそらく、これは昨日の夜の会話が原因なのだ。オメガはそう思った。

「あの、水もらえませんか。」

突然、ずうずうしいエイジが言った。

「すみません。」

お姉さんはそう言うと、メニューを持って水を取りに行った。それにしても、ここのクーラーは少しききすぎだ。凍りつくまで体を冷やしたいなどと思っていたオメガも、ちょっと自爆した。

「すみません。」

お姉さんが水を持ってきた。と、エイジがいきなり笑い出した。何がおかしいのだろうと見てみると、持ってきた水の量が不揃いなのだ。エイジの水がコップ一杯まで入っていて、オメガのがまあまあ、そしてクマちゃんのが一番少なかった。

「私これしか入ってませんよー。」

とクマちゃんは言う。

「すみません。」

と言ってお姉さんは戻っていった。やたら「すみません」を連発する人だったが、そこがまた素朴で謙虚なのだ。オメガは彼女に偽りのない人間の本質を見た(わけわからん)。しかし甲府のあの女の人に比べると、やっぱり少し下だった。

 

十分に腹ごしらえをした三人は、ききすぎのクーラーと、次々に来る氷水のために寒くなってしまった。お金を払ってデニーズを出た時でさえ、オメガはまだ寒かった。

さあ、これからはもう止まる予定はない。三人はひたすら甲府市内を進む。単調な道が続くため、三人はしだいに飽きてきた。

そんな時、オメガは昨日クマちゃんが言っていたことを思い出した。

「ねえクマちゃん。二日目は川で泳げるって言ってたような気がするんだけど。」

ギクッとしてクマちゃんが答える。

「え?ああ。じゃあ川を探しますか。」

これで三人に新しい励みができた。それから一時間後、例のごとく三人はのどが渇いてある店で休んでいた。クマちゃんは地図を持って、いろいろと歩きまわっている。エイジは、近くの家の水道を借りて、頭を濡らし、

「死にそうに気持ちいい。」

と言っていた。

しばらくするとクマちゃんが戻ってきた。

「この近くに川があるよ。」

やった!とオメガは思った。元気よく自転車に乗り、三人が進んでいくと、なるほど、少し流れが急だけれど小さな川がある。

「ここでいいね。」

「うん。」

三人は橋の上に自転車を止めると、クツを脱いで徐々に水の中へ入っていった。

 

「ズザーーーーッ。」

急な流れを横切って、クマちゃんとオメガは川の中州へたどり着いた。中州と言っても、まわりより浅くなっているだけで、しっかりした陸地にはなっていない。

二人はそこで、昔よくやった『石でダムを作って水の流れを止めるやつ』をやった。

「よし、でかい石を集めるんだ!。」

二人はこの作業に熱中した。石を拾うと裏に変な虫がいっぱいくっついていたので、そういう石はすぐにダムに貢献した。

しばらくやっていると、少し水の流れが止まり始めた。しかし完全に止めるのに越したことはない。二人は必死に石を探した。石はダム作りのためにかなり少なくなっていて、その分水底が歩きやすくなった。

「石がないなあ・・・・。」

と、オメガが思っている、ちょうどその時だった。

「バシャッ。」

突然オメガの顔に多量の水がかかった。なんと、クマちゃんがオメガに、水を足で蹴りかけたのだ。あの、いつも感情をはっきり表すことがなく、人に危害を加えるようなことはしないクマちゃんが、いったいなぜ?・・・・・・・・・オメガはとまどった。

しかも、クマちゃんは「ごめん」と言うかと思ったら、ニコニコ笑っているではないか。

「クマちゃん、もしかして君は・・・・・・・・。」

とオメガが言いかけた時だった。

「ごめん・・・・・ハッハッハッ・・・・いきなり足にヌメッとした虫が出てきたから、足を上げたら・・・・ハッハッハッ・・・・・そうしたら・・・・・ハッハッハッ・・・オメガさんの顔に・・・ハッハッハッ。」

笑いながらクマちゃんが言う。しかし、いきなり顔面に水をかけられたオメガは笑えない。オメガはどうしていいかわからず困った。

さて、そんな時エイジはどうしていたのかというと、川の中にある大きな石の上に、上半身裸で寝ていたのだった。それを見てクマちゃんが言う。

「あれじゃあ溺死とまちがえられて通報されそうだよ。」

まさに、クマちゃんとオメガがいなければ、エイジは石に打ち上げられた水死体だった。いたずら好きなクマちゃんは、こっそり川から上がり、エイジの写真を撮った。

 

写真3:謎の生命体ファイ

一時間ほど遊んだ後、三人は川から上がってクツを履いた。気分も新たに、三人は出発の用意をする。と、

「あっ!。」

と言って、クマちゃんが茂みの中に500円を見つけた。なんという運のいい男だろう。

エイジが言う。

「ジュース五本分は大きいよなあ。」

おそらく筆者が考えるに、エイジは「一本ぐらいおごってくれよな」という意味で言ったに違いない。しかし、それに気付かないクマちゃんは、

「やりました。」

と言って何気なくサイフにしまってしまった。

二日目の夕陽が沈もうとしている。そろそろテントを張る場所を見つけなくてはいけない。三人は夕陽を背に、安住の地を求めて走り出した。

 

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「星空の下で」

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