序章 旅の決意 

 

「それじゃあ、どうしても行けないと言うんだな。」

「ああ、・・・・・・悪いけど・・・・・・。」

一瞬すべてが凍りついた。時は真夏、といっても連日晴天が続くような夏らしい夏ではなく、まるで俳人に夏の句を作らせまいとするかのように、雨が降り続く頃だった。

その日、オメガとクマちゃんは、夏休み最大かつ究極の計画、「自転車で長野まで行ってくる作戦」を遂行するため、もう一人の仲間エイジを説得しようと花房山におびき出・・・・・いや、呼び出したのだった。「説得」と書いたのは、実はエイジが四泊五日の計画のところを、二泊三日にしたいと言い出したからであった。そしてもしそうしなければ行かないと言うのである。

沈黙が続いた。今まで沈黙を唯一破っていたオメガの忍犬キリカゼ(通称ゴロ)も、今はすっかりおとなしくなっている。オメガがまず言った。

「頼む。・・・四泊じゃなきゃ面白くねーよ。受験なんていつだってできる。でも、高校の夏はこれが最後なんだぜ。」

続いてクマちゃんが言う。

「うーん。やっぱり四泊行きたいね。」

このやさしく思える言葉が、相手の同情を誘う最大の武器であることをクマちゃんは知っていた。しかし、エイジはそれを見切っていた。

「実は・・・・オレ、四泊だと次の日試験なんだよ。それに今勉強がとても調子いいし・・・・。もう一つ、オレの自転車のタイヤは細いから、長い旅だと壊れそうで心配なんだ・・・。この二つがオレの行く気をそいでいる・・・・・。」

そうだったのか・・・・・とオメガは思った。しかし四泊への夢は消えない。と、クマちゃんが言った。

「やっぱり、交換するしか・・・・。」

知識のないオメガは、タイヤが簡単にはずれることを知らなかった。とりあえずクマちゃんが言う。

「とにかくやってみましょう。」

 

「ガシャ、ガシャ。」

曇り空の下、タイヤ交換の聖なる儀式が行われていた。クマちゃんの手はチェーンをさわったおかげで真っ黒である。他の二人も、いろいろと手伝ってはいたが、あまり役に立っていないようだった。

初め、オメガの弟の自転車のタイヤを移植するつもりだったのだが、タイヤのサイズが合わなかったので、オメガの古い自転車のをひとまず付けることにした。

それにしてもクマちゃんの自転車の扱いは素晴らしい。これなら五日間、自転車に関してはなにも問題はないだろう。

無責任なことに、オメガとエイジは忍犬キリカゼの散歩に行ってしまった。キリカゼはなぜかエイジに攻撃を仕掛けるので、散歩につれていけば、静まるだろうという考えだった。しかし、それは甘かっ、いや甘すぎた。

かえってキリカゼの攻撃は激しくなり、エイジは綱を持ったまま追いかけられるという、まるで散歩するというよりは、犬に散歩されているという感じだった。

そんなことをしているうちに、自転車の改造は終わったようだ。試しにエイジが乗ってみたところ、走っている最中、空気が抜けるという以外、別に問題はなかった。

「これで何とか大丈夫でしょう。」

「お前、これで行かないとは言わせないぞ。」

しばらくしてエイジが言う。

「ごめん、やっぱり・・・・。」

しかし、クマちゃんとオメガはこれがギャグであることに気付いていた。いや、もし本当だったなら、エイジは無事に帰れなかったろう。

かくして、ついにエイジは屈した。雲の向こうで、たぶん赤々と輝いているであろう夕日を背にして、三人は生死を共にしようと誓い合った(ような気がした。)

 

その後、三人は旅の食料を買いに行き、東急ストアの前で、八日の午前五時三十分に待ち合わせることに決めた。

果たして、彼らは無事に帰ってこれるのだろうか。

帰ってこなければ、この続きは書かれないことになる・・・・・・・・・・・・・。

 

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「旅立ち」

自転車旅行記

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