第三章 消えたライダー 

 

東から出た太陽も、今は西へ沈もうとしていた。どうやら三人の一日目の旅は、このぐらいで終わりのようだ。

「暗くならないうちにテントを張ろう。」

というクマちゃんの提案で、三人は場所探しを始めた。

しばらく行くと川があり、そこへ降りていく道が一本だけあった。ひとまずその道を下り、河原へと足を運ぶ。

「うん、なかなかいいな。」

エイジはそう言うと、自転車からテントの道具を降ろし始めた。

三人が来た所は、まさにテントを張るための場所という感じで、大きな石をどかせば十分テントを張れる広さがあった。正面の川は中州によって急な流れとゆるい流れに分かれていて、テントのある側はゆるい流れの方だった。

「ちょっと水を浴びよう。」

テントの知識のないオメガは、何もすることがないので川に入り手足を洗い始めた。しばらくして、テントを張り終えたエイジとクマちゃんも川に入る。

水はやや冷たく、疲れを少しばかり癒してくれた。三人にとってこの日一番幸せな時だったのではないだろうか。タオルを水にひたしたり、Tシャツを洗ったりと、各自様々なことをやっていると、クマちゃんがふと顔を上げた。

「あっ、バイクだ。」

三人はテントの近くに、バイクに乗った男がいるのを発見した。ヘルメットも取らずに川を眺めているその男は、少し不気味な感じがした。後で気付いたことだが、三人は皆、バイクが来る気配さえ感じなかったのである。

「ブーンブンブーン!。」

うなりをあげて、バイクが川の中に入っていく。

「バシャッバシャッ!。」

水を飛び散らせてバイクは中州へとたどり着いた。

「オー、かっこいい。」

三人はなかなかやるな、と思ったが、不思議なことに、それ以上彼に関心を示すことはなく、再び自分の仕事に専念し始めた。

それから一分もしない頃だったろうか。

「あれ?バイクどこ行った?。」

クマちゃんの言葉で二人はすぐに中州を見た。

「いない!。」

さっきまで中州にいたと思われたライダーが、いつの間にか姿を消していた。こういうことに異常な関心を示すオメガが、解明し始める。

「まて、落ち着いて考えよう。まず、中州から出るには川の中へ一度は入らなければならない。向こう岸はガケみたいになってるから、戻ってくるとしたら俺たちの方しかないわけだ。さらに、この河原から上の道に戻るには、さっき俺たちが下りてきた、その道しかない!。」

オメガの指さした方向に一番近かったのはエイジだった。

「エイジ、お前バイクがどこに行ったか知ってる?。」

「え?あ・・・・そう言えば・・・・・・。」

この無敵の三人に、気配さえ感じさせず現れ消えていったライダー。

その時、三人はほぼ同じことを考えた。おそらく、上の道路を踏み外し、川に転落して死んだライダーの霊が、三人の前に現れたのだ、と。まさに真夏の恐怖! 

サマー・ホラー!

いったい彼は、三人に何を伝えたかったのだろう・・・・・。

 

写真1:ライダーの消えた河原

ここが一日目に泊まった河原である。右のガケ側の方が急な流れになっており、中州は写真の右の辺り一帯。見ればわかる通り、ライダーが通れるのは左の一本道だけなのだが・・・・・・・。

ちなみに手前の赤と青の物体がテントである。

 

夕方の不気味な体験もすっかり忘れ、三人は夕食の用意を始めた。旅の前に買っておいたコーンポタージュといわしの缶詰、そしてクマちゃんが家からもってきた赤飯、が今日のメニューだった。夕食作りは、やはりベテランのエイジとクマちゃんが担当した。

仲間外れのオメガは、河原にあった大きな石を『悪魔の洗濯岩』と勝手に名付け、一人でタオルやら靴下やらを洗っていた。

「おーい、めしができたぞー。」

エイジのお呼びがかかって、オメガも食事に参加した。量は十分とは言えなかったが、うまさは格別だった。特にあのコーンポタージュの味は忘れられない。

ところで、三人がここに着いたときから、河原に一羽の蝶が舞っていた。かなり大きな蝶で、羽を広げると10センチぐらいになる。色は黒く、羽に赤い斑点があって、とても神秘的な蝶だった。この蝶は珍しく人なつっこい蝶で、先ほどから三人にずっとくっつき、その優雅な舞いを誇らしげに見せていた。オメガはなぜか彼女に親しみを感じた。何年も前から自分たちが来るのを待っていたような、そんな様子がとてもうれしかった。

さて、夕食を食い終われば、当然後片づけが始まる。

オメガがやらされたのは言うまでもない。

「よし、悪魔の洗濯岩で洗ってくるぜ!。」

そう言って、オメガは岩の方へ食器を持っていった。

辺りはもうすっかり暗くなり、上の道路からの明かりが唯一の救いだった。一通り洗い終わると、オメガは食器を持ってテントの方へ戻ろうとする。しかし、なにしろ暗く、足場も悪いので、バランスを崩してしまった。

「ポチャッ。」

何かが水の中に落ちた。調べてみると、それはオメガがエイジから借りたフォークだった。

「ま、まずい。」

必死に手探りで探すオメガ。しかし暗くてよくわからない。ついにオメガは助けを求めた。

「おーい。フォークが落ちてしまった。」

やさしい二人はライトを持ってきてくれたので、三人はそれを使ってフォークを探す。

「あった!。」

結局オメガが見つけて責任をとったのだが、あの時見つからなかったら・・・・・・。

 

食事の後片づけも終わり、暇になった三人は、上の道路の方へ上がり、飲み物を買いに行った。運良く近くにドライブインがあったので、そこで用事を済ますことにする。

「あっ、そうだ。吉川に電話しなきゃ。」

オメガは実は一泊目の夕方、バイオレンス(通称吉川)に電話するよう頼まれていたのである。

「3776の○○○○、と。」

電話をかけて、すぐにオメガは切った。03(東京)を押してなかったのである。

「03の3776の○○○○。」

もう一度かけ直す。しばらくして鬼のような声が聞こえた。

「もしもし、あの花房(オメガ)ですけど。」

『ああ、オレだオレ。』

一応、兄ということがわかったので、話を続ける。

「今さー、ちょっとしたハプニングがあって、大月と笹子の間ぐらいにテント張ってんだよ。トンネルまでは、あと11キロあるって。」

この日の三人の目標地点は笹子トンネルの前までということだったので、ちょっと遅れていたのであった。

バイオレンスが言う。

『え、まだそんな所なのかー。・・・・あ、そうだ。垂水峠の坂はどうだった?。』

勝ち誇ったようにオメガが言う。

「あ、つらかったけど、案外短かったよ。」

「どこが短いんだよー。」

エイジが口をはさむ。そんな話をしているうちに、オメガはなんだか元気づけられたような気がした。

次にエイジが出た。

「あ、吉川?オレ、吉川にぶんなぐられるかもしれねーよ。やばいんだよ。ぶんなぐられるよ。」

実は、エイジは吉川に借りていた自転車のフロントバッグを、タイヤですってしまっていたのだった。一応、お許しの言葉があったようで、エイジのほっとした顔が見られた。

「おーい、人のテレホンカード使ってるわりには長いなー。」

あんまりエイジが長く話しているので、オメガは冗談めかして言った。それを本気にしたエイジは、

「あっオメガが怒ってるからクマちゃんに替わる。」

と言って受話器をクマちゃんに渡した。

「いやー、つってしまいましたよー。」

バイオレンスに丁寧語を使うクマちゃん。どんな話をしていたのかはわからないが、三人とも彼に元気づけられたのは事実だった。

『がんばれよ』

それがバイオレンスの最後の言葉だった。(別に死んだわけではない。)星空の下、三人はきっと、いや必ずこの旅を成功させようと決意したのだった。

 

さて、その夜のテントの中に横たわった三人は、エイジのちょっとした言葉から思わぬ会話をしていた。それは女性についてであった。こう書くと、そこらのミーハーな奴らと同様に思われるかもしれないが、彼らの話は純粋で哲学的で感動の討論であった。(本当かよ!?。)

その中では、意中の人や理想のタイプなどが述べられた。

ちなみにオメガの理想のタイプは・・・・・それは次の日になればわかることだった・・・・・・・。

 

 

 

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